2023・箱根駅伝、新時代前夜の戦い・その結果は?

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 主要大学の総括と展望

駒澤大学

「最高の子供達から3冠というプレゼントをもらいました」と選手を讃えた優勝インタビューの最期に、大八木監督は何事もないような淡々とした口調で、「3月限りで監督を退任し、後任は藤田ヘッドコーチで私は総監督という立場になります」と述べます。

1995年にコーチ、2004年に監督に就任して以来、27年間、駒澤大学を8度の総合優勝に導きましたが、今回、出雲、全日本、箱根と学生3大駅伝を制覇し、自分の仕事をやり終え一応の区切りをつけたという満足感が漂う穏やかな表情でした。

今季限りでの退任を決意したのは春頃だったようですが夏合宿でキャプテンの山野、副キャプテンの円、エースの田澤だけに打ち明けます。今年はシーズン当初から3冠をチームの目標とはしていたのですが監督の決意を聞き、3人は改めて「それなら今年はどうしても3冠をとりたい」と監督に申し出、チームの意識も今までと違うものを感じた監督も本気になったといいます。

昨年の箱根で青学に敗れた際、青学に比べて駒澤の選手層の脆弱さを指摘され、大八木監督は今年の課題を厚い選手層の構築としてきました。

これは推測になりますがその目標の目処が立ったため夏合宿で主要選手に打ち明けたのでしょうか。

分厚い戦力と3冠をとりたいというチーム全体の気迫は秋の大会で花開きます。10月の出雲駅伝では従来記録を33秒更新して4度目の優勝、11月の全日本大学駅伝でも自身の大会記録を4分以上更新する大会新記録で完勝します。3年連続で15回目の勝利でした。

そして3冠がかかる2023・箱根についても万全の構えで臨めるはずでした。

ところが不測の事態が起こります。前回箱根で5区を走った金子が足を痛め出場不能となり、12月に入るとエース田澤が新型コロナに感染して1週間以上練習できず、田澤に次いでエースと目され全日本8区・区間賞の花尾も体調を崩します。さらには全日本で区間2位ながら新記録を出し3区の起用予定だったスーパールーキーの佐藤が胃腸炎で出場不能となり、箱根制覇に赤信号が点滅したのです。

しかしこの危機を救ったのがこの1年で構築した厚い選手層でした。

特に最難関区間の山上りと下りを担った1年生、山川と伊藤の好走は総合優勝の原動力となりました。

両区間のミスは勝敗の行方に致命的な影響を与えるため経験のない1年生の起用は普通躊躇するといいますが大八木監督は入学してきた2人を10ヶ月で育て上げ「ふたりとも思い切りよくいけるタイプなので不安なく送り出した」というように自信を持って起用します。

山川はスタートで差がなかった青学を突き放し、後半では中大に迫られますが踏ん張って差を広げて往路優勝を確実にし、伊藤は箱根デビューを区間賞で飾り2位との差を広げました。

8区を走った赤星も花尾の代役として当日エントリーされ、初めての箱根にもかかわらず区間4位と好走します。

また年末に病気になりながらも箱根に会わせて体調を整えたエース・田澤の活躍も忘れてはならず、新人と経験者によりバランスよく構築された選手層は他大学の追従を許しませんでした。

次回大会は大八木監督から藤田監督に替わり、エースの田澤、山野、円など実力者が抜けますが次期エースの鈴木を始め、箱根を始め3大駅伝を経験した戦力は温存され駒澤の優位は続くものと思われます。

長年、大八木監督を補佐してきた藤田新監督は選手達とともに、大八木マインドを継承しつつも令和の常勝軍団を目指して新生駒澤のチーム文化を打ち立てていくはずです。

中央大学

中央大学は長い雌伏期間を経たあと前回大会で6位となり10年ぶりのシード権を獲得しました。優勝回数14回と最多回数を誇る名門中央大学ですが、前回優勝は1996年と遙か遠くなり、2013年にシード権を失ってから9年目でした。

中大には大学と監督、選手たちが共有する「2024年の箱根100回大会での優勝」という大目標がありますが、そのゴールが1年後に迫った今シーズンは、9年ぶりに出場権を得た出雲駅伝で3位、全日本学生駅伝では主軸のひとり、中野が体調不良で欠場した中で7位と順調な成績をあげます。

これに自信を得て、藤原監督は、箱根・2023大会のターゲットを「往路優勝、総合3位以内」とし、そのために往路に絶対エースの吉居や中野など実力者を重点配置してトップを往路で走り、復路は安定した力の4年生たちが順位を守り切るという思い切った戦略をとります。

そしてその戦略はみごとに功を奏し、往路では優勝こそ逃したものの期待の吉居、中野が区間賞の走りを見せ2位でゴール、復路はその貯金を守り切り、総合2位とほぼ予定通りのレース展開でとなりました。

藤原監督は「うれしさ半分、悔しさ半分」と表現しましたが、シード権復帰後の初めての大会での準優勝ですから、大いに満足のいくレースであったことは間違いありません。

一方で来年、2024大会での優勝に向けての大きな課題がみえてきた事も確かです。

その課題とはいうまでもなく吉居頼みの戦力構造をどうレベルアップするかということです。

もちろん今後も中大が吉居を大黒柱とすることには変わりありません。吉居はこの1年、前回箱根では1区で記録を15年ぶりに塗り変え、今年度の出雲では1区で区間記録まで2秒に迫る区間賞、全日本でも体調の悪化のなか6区で区間新を打ち出しチームを一人で引っ張って来たのですから。

しかし、吉居だけの一枚看板では優勝はできません。全日本では準エースの中野の欠場がなければ上位入賞は可能だったかも知れません。

また今回の準優勝を支えた復路の5人中4人が卒業しますので戦力ダウンは否めないでしょう。

来年に向け、チーム全体の実力を上げ、中野級の実力者を何人エントリーできるかが中大悲願の2024大会優勝のカギとなり、一歩間違えば上位入賞さえ危ぶまれることになります。

そういう意味で今回、往路1区で4位の溜池、4区で5位の吉居弟、5区で3位と健闘した阿倍ら低学年の成長にかかっていると言えます。

来シーズンは古豪復活が本物であるかが問われる1年になる事は間違いないでしょう。

青山学院大学

前回大会で圧倒的な強さを見せて優勝したメンバーのうち、エースの近藤、区間新の中村、中倉、区間賞の岸本、そしてエースとなる近藤も残ったため、今シーズンの絶対優位は揺るがないものと思われていました。

ところが、2023年の箱根を占う前哨戦、出雲、全日本ではライバル駒澤の圧巻の走りに青学は太刀打ちできず、それぞれ4位と3位という意外な結果に終わります。

その敗因を探ると、まずは駒澤大学が監督の退任という悲壮感の中で学生駅伝3冠の達成に向け予想以上の迫力でレースに臨んできたことがあげられますが、それとともに青学自身のチーム力の沈滞が敗因だったという見方があります。

本来、チーム内では学年は関係のない下克上であるべきですが、箱根を経験した4年生の実力者が多く残ったゆえに、低学年の中には4年生にはどうせ勝てないという雰囲気が蔓延し、そのことが彼らの伸張を阻害しチーム力の停滞となったというのです。

確かに全日本では8人中6人の4年生が走り、箱根の12月のエントリーメンバー16人のうち9人が4年生でしたし、本番を走った10人中、7人が4年生で、4年生偏重のチーム編成は箱根出場チームのなかで突出していました。

それでも青学は参加チームの中でトップクラスの走りであったことは間違いありませんが昨年のような爆発力には欠けていました。さらに不運だったのは5区を走る予定の若林が直前に体調不良となり6区予定の脇田が5区に回り、6区には控えの西川を急きょエントリーしますが準備不足が影響し順位を大きく落とします。こういうときに低学年の活躍のチャンスだったのですが4年生間だけのやりくりでした。

その後、9区の岸本が爆走し5人を抜き3位に浮上して前年王者のプライドを保ちます。

原監督は「大会直前に想定外のことがあり、山上りと山下りで失敗した。きちんと仕上げられなかったことや故障者が出たことは自分のミス」と敗因を語りましたが今大会が残した課題は大きかったようです。

しかし来年度は多くの4年生たちが抜けていきチームが一新されます。下級生が台頭するチャンスです

選手達が自立した精神を持って自分に足りないものは何かと言うことを常に考え行動する「青山メソッド」が替わらず実践されれば再びチーム内で下克上が起こり青学本来の勢いを取り戻すはずです。

100回大会で青学がどう再生するのか目が離せません。

2023・箱根駅伝、新時代前夜の戦い・その結果は?・まとめ

 以上、箱根駅伝2023の結果を見てきました。

出雲駅伝、全日本大学駅伝を制した駒澤大学が大方の見方通り、盤石の走りを見せ王者に返り咲きました。

前回大会後にあれほど優位続くと予想された青山学院大学の連覇は成りませんでした。これが箱根の意外性であり怖さです。

駒澤の大八木監督の退任発表を箱根ファンは驚きをもって受け止め、時代の変わりを感じさせずにはおれませんでした。

運営管理車から響く叱咤激励の声はもう聞く事はできません。「男だろ!」という言葉はその意味の是非を越えて大八木監督だけに許された掛け声のように思えます。

さて次期2024箱根は100回大会で新時代に入ります。関東学生陸上競技連盟は、100回大会の予選会に全国の大学に参加資格を与えると発表しました。

青山・原監督はこの方式を以降も恒久的にすべきと発言していますが、関東学連は101回大会以降については今後検討していくとして箱根駅伝の全国化に含みを持たせています。

一方、100回大会では学連選抜チームは廃止されることになりましたが、今年の育英大の新田選手のような一匹狼の実力のある学生が出場できなくなるのは残念です。101回大会以降の方式がどうなろうとも学連選抜チームは復活して、できたら個人記録も参考記録でなく正式記録としてとどめてほしいものです。

いずれにしろ、新時代に入る2024・箱根駅伝が楽しみですね。

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