「企業(事業)は人なり」とは松下幸之助の言葉ですが、企業の発展は従業員一人ひとりが、どれだけ能力を発揮できるかにかかっているといえます。
特に人的資源が限られている中小企業では、従業員全員が自分の力を最大限に発揮してもらわねばなりません。
私も中小企業を経営しているとき、従業員が能力を発揮できるよう、いろいろ腐心したものです。
しかし、一方では企業は多くの人たちの集団活動でもあります。
ところが、有能な個人でも集団で作業を行う場合には、単独作業に比較して発揮する力が大幅に低下する現象が起こります。
これを「社会的手抜き(Social loafing)」といい集団としての力を弱めるのです。
このことを初めて科学的に分析した学者の名前を取って、「リンゲルマン効果(Ringelmann・effect)」あるいは「フリーライダー(ただ乗り)現象」、「社会的怠惰」と呼んだりします。
「社会的手抜き」とはどういうもので、なぜ起こるのでしょうか?
その対策にはどういう方法が有効でしょうか?
社会的手抜きとは?
20世紀初頭、フランスの農業学者マキシミリアン・リンゲルマンは、農作業の中での綱引き、荷車引き、石臼を回すといった集団作業に注目し、その作業に従事する人数が増えるに従って一人あたりの生産性や貢献度が低下することを具体的な数値をあげ説明しました。
リンゲルマンが行った綱引きなどの実験結果では、1人対1人で行った場合の1人が発揮する力を100%とした場合、2人対2人となると1人が出す力は93%に減少し、3人対3人では85%に、5人対5人では70%に、8人対8人では49%まで減少することがわかりました。
つまり、人は集団で作業をすると、そのパフォーマンスはかなり低下することを明らかにしたのです。
「社会的手抜き」は社会生活の中で多く見られますが、たとえば選挙における棄権行為で、自分が投票しなくても大勢に影響ないと考え投票に行かないのはその1例です。(努力の不要性)
また駅前の不法駐輪も、社会的手抜きで説明され、本当は良くないこととわかっているが、他の多くの人も行っているし、やってもとがめられないだろうと考えます。(手抜きへの同調)
「社会的手抜き」は企業活動の中でもよく見られる現象です。
チームで作業時間の削減など生産性の向上を図る活動を行う場合、懸命に改善点を考えて作業を行う人に対し、中には終業時間が来ることだけを考えて、通り一辺の仕事だけをする人がそれに当たります。(評価可能性・努力の不要性)
社内会議において、一言も発言しない者が多数出席し、居眠りしたり、内職したりすることも「社会的手抜き」の一つと言えます。(努力の不要性)
また声の大きい人の提案に対し、心の中では疑問に思いデメリットを予想していても、異議を口にせず従ってしまうこともその例です。(努力の不要性)
社会的手抜きはなぜ起きる?
社会的手抜きが起きる原因は、3つの原因に整理されます。
「評価可能性」・「努力の不要性」・「手抜きへの同調」です。
評価可能性(個人の貢献が評価されない)
集団活動で、個人の努力や貢献が正当に評価されない場合、社会的手抜きが起こります。
いくらがんばっても、正当な評価がされず、給料や昇進など報酬に反映されないケースです。
例えば、アイデア出しを署名入りで行う場合と匿名で行う場合を比べると、署名入りの方が、質・量とも匿名の場合を上回ったという実験があります。
このことは、個人としての貢献に対し正当な評価がされないと、社会的手抜きが起こることを示唆しています。
例えば、ブレーン・ストーミングは自由な発言により、その相乗効果で新規の飛び抜けた発想を促す方法です。
しかし、最近の研究では、個別に個人の発想を提出してもらう場合と比較して、必ずしも独創的アイデアは生まれていないという報告があり、それは「社会的手抜き」に起因しているとされます。
特に能力の高い者ほど動機づけが低下することは明らかです。
そのほか、ブレーン・ストーミングでは、自分の意見が他のメンバーから不当に評価されることを心配して、意見を出すことの抑制が起こったり、他者の自由な発言で思考が中断されたり制限されること、などからも「社会的手抜き」が起こるといわれます。
努力の不要性(努力の貢献性が感じられない)
努力しているのに、集団に貢献しているという実感が感じられないと、「社会的手抜き」が起きやすいことがわかっています。
企業では、事業の拡大とともに、業務が細分化され、仕事の全体像を見通すことが難しくなります。
全体の中で、自分の役割の意味がわからなくなると、自分の努力がどう貢献しているのかが見えず集団への貢献感を感じづらくなります。
「誰のために、何のためにこの仕事をやっているのか」がわからなくなってしまうのです。
またチーム内での能力差が激しいと、他の優秀な人ががんばっているので、自分がすこし努力しても、あるいはサボっても会社の業績に影響しないのではないかと思います。
場合によっては自分ががんばりすぎたら他の人の邪魔になることもあると考えます。
努力しようがしまいが報酬は変わらないなら、楽しようと思ってしまいます。
その結果、「社会的手抜き」が起こるのです。
手抜きへの同調(他者に同調する)
他の人が努力しているように見えないのに、自分だけ一生懸命努力するのは馬鹿らしいと考えると「社会的手抜き」が起こります。
例えば不法駐輪行為は、皆がやっていることだし自分だけが非難されるものでないと考えます。
また集団の中で努力しすぎると仲間はずれになるかも知れないと心配し「社会的手抜き」を起こしたりします。
「自分がやらなくても他の誰かがやるだろう」という「傍観者効果」も、「社会的手抜き」を引き起こします。
「傍観者効果」を研究したのは、アメリカの心理学者ビフ・ラタネとジョン・ダーリーでした。
二人は「キティ・ジェノヴィーズ事件(女性が暴漢に襲われ助けを求めたが、近所の誰も警察に通報せず殺された事件)」を分析し、「社会的手抜き」の概念を発展させ「傍観者効果(Bystander effect)」という考えを提唱しました。
「傍観者効果」とは、ある状況下で力を発揮すべき時に、自分だけの時に比べ、他に多くの人がいると行動が抑制されてしまうという集団心理で、これも「社会的手抜き」の一種とされます。
「傍観者効果」は、以下の3つの原因によって起きると言われています。
まず「評価懸念」で、「行動をして失敗したら、周りからの評価が下がるかもしれない、ならば最初からやらない方がよい」という判断をしてしまいます。
会社で、失敗を過剰に恐れたりや他人の目を気にしすぎて、能力が発揮しきれていない人がこれに当たります。
「多元的無知」は、同じ状況の中にいる他の人が行動を起こさないため、自分もその必要はないと考え、行動を起こさないことです。
この感覚をメンバーが共有すると、行動を起こさない集団や状況を作り出します。
「責任分散」は、周囲の人と同じ行動を取れば自分だけの責任とならず、責任や非難が分散するだろうと判断します。
お役所仕事と言われたりしますが、目立つことを嫌う日本人にはよくある傾向です。
企業における社会的手抜きの防止方法
企業が厳しい競争に打ち勝っていくには、「社会的手抜き」を極少化させ、本来発揮すべき集団としての力により組織の力を最大限に強化なければなりません。
「社会的手抜き」を防止する方法は、上に述べた原因を抑制することにほかなりません。
例えば、「評価可能性」では個人の業績が反映される報酬制度、「努力の不要性」については集団のサイズを小さくすること、面談による個人の役割の明確化、評価のフィードバックなど、「手抜きへの同調」は集団規律の明確化などです。
これらの対応策はすでに多くの企業で行われていますが、形骸化しやすく、必ずしも十分な成果を挙げられていません。
そこで、次の方法による集団活性化策が重要と思われます。
優秀なリーダーによる集団の活性化
リーダーはメンバーに対し、
ビジョンをはっきり示し、常に先頭に立って行動する力強い姿を見せる⇔「手抜きへの同調」
集団が達成すべき具体的目標を提示し、役割とその重要性を明確に示す⇔「努力の不要性」
個々人の努力をしっかりと見ていること、正当に評価することを宣言する⇔「評価可能性」
メンバーが抱える課題に関心を持ち、解決のため支援することをはっきりと示す⇔「努力の不要性」
メンバーの能力差が小さい集団を作る
メンバーの能力差が小さい集団ほど力を発揮する傾向があります。
メンバー間の能力差があまりに大きすぎると能力の低い人は努力をあきらめ「社会的手抜き」が起こる可能性があります。
しかし、能力差が小さいと、能力の低いメンバーも迷惑をかけたくないという思いから実力以上の力を発揮することがあり、これを「ケーラー効果」といいます。
一方、能力の高いメンバーも能力の低いメンバーをカバーしようという意欲が湧き、集団として活性化します。
「社会的手抜き」に対する教育
「社会的手抜き」は意図的に起こると言うより無意識な行為ですから、「社会的手抜き」のメカニズムを教育し、「社会的手抜き」に陥りやすいことを自覚させることは有効な手段と思われます。
「腐ったリンゴの排除」
集団の中で「社会的手抜き」を起こす要素を早期に排除することが必要です。
例えば職場が整理整頓されておらず、規律も乱れていると集団目標への達成意欲も薄れ、「社会的手抜き」も発生し易いのは明らかですので5S活動などで職場環境の乱れを正すことが重要です。
メンバーの中にはいくら注意を喚起し、教育しても改善できない人間は希に存在します。
その場合はよく見極めた上で、集団の他のメンバーに影響を与えず、個人の成果がはっきりとわかる職場、職種に配置換えを行うことはやむを得ません。
企業で集団力を発揮するには?社会的手抜きとは?私の中小企業経営(Ⅷ)・まとめ
以上、「社会的手抜き」について述べてきました。
日本企業はバブル崩壊以降、依然、低生産性・高コスト体質から抜け出せず低迷が続いています。
かつて日本企業の強さの源泉は、組織力とか、集団としての強さと言われていましたが、見る影もありません。
先に書いたように私も中小企業の経営者の時、会社としての団結力を最大限にするためにどうしたらいいのか考え続けました。
その結果、まず従業員にできるだけ会社の状況や経営目標をわかってもらうことだと考えました。
そのために、年初、期首、期中の集会のほか社内行事の際に従業員全員の前に立ち、また社内報などを利用し、詳しく、経営の状況と課題、今後の目標について繰り返し説明しました。
また定期的な部門ヒヤリングや支社・営業所への巡回もできるだけ多く実施し、在席の日はかならず工場現場に5S状況の点検を兼ね見回ることで、営業現場、製造現場に顔を出すとともに、状況把握を心がけました。
毎月の安全パトロールは欠席することなく、その後の指摘事項の検討まで意見を出し合ったものです。
幹部合宿による経営検討も何度も実施し、幹部間の率直な議論の場を作りました。
その結果、よく一般社員からも立ち話で会社の状況などの質問をされ手応えを感じたものです。
次に重要な事は率先垂範を示すことでした。
営業活動では、当社の機械を使用していただいているお客様は官公庁から小さな土木会社様まで全国に存在しましたができる限り多くのご挨拶に出向くよう心がけました。
ある北の果ての田舎町のお客様からは、長い取引なのに初めてメーカーの社長さんが来てくれたと喜ばれ、製品について細かい質問をいただき、帰りにはお土産までいただき恐縮したものです。
クレーム問題で互いの言い分があり、長く解決できていなかったお客様に対しても、社長就任早々足を運び、お詫びとこちらの考えをお話すると2、3の要望付きですが了解していただき、「初めて社長が来てくれて、メーカーの顔が見えて安心して機械が使えるよ」と言われ考えさせられました。
私の社長就任中に過去の納入製品の重大品質問題と工場での重傷労働災害が発生しました。
厳しい事態でしたが、多くの従業員の協力を得て事態の収拾を図れたことは、会社の団結力を示すことができたと思っています。
参考:「人はなぜ集団になると怠けるのか」/釘原直樹著
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