どんなに優れた有名な企業でも、いったん重大な品質問題を引き起こすと、確実に取引先の信頼を失い、経営を揺るがす事になります。
とくに体力が十分でない中小企業が品質問題を起こすことは、補修費用、損害賠償費用はいうまでもなく信用の失墜による売上げの減少など企業の存続にかかわる事態になりかねません。
私も社長に就任早々、深刻な品質問題に直面することになりました。
会社は産業機器を製造していましたが、過去に納入した何台もの大型機器の重要部に、多数の亀裂が見つかりました。
放置しておくと重大な事故につながるため、当然のことながら客先からは早急な点検、原因究明、再発防止策、補修方針などの説明、補修の実施をするように強く要求されました。
結局、原因は設計上の強度計算(応力解析)のミスでした。
この製品は会社の新開発商品で、お客様も新規で、お客様の使用状況などに知見が薄いにも、かかわらず、従来品と同じ程度の強度設定をしていました。
社長として、まずは各地のお客様にお詫び行脚に廻りましたが、厳しいお叱りを受けたのは言うまでもありません。
大型構造品のため、自社に引き取って補修することはかなり難しいのですが、持って帰ってくれとおっしゃる方もおられました。
またお叱りは製品の不具合だけでなく、当社の対応の遅れについてもありました。
この件についての要請から時間がたっているのに正式の報告がないというお怒りでした。
確かに、社内会議で、このような事象が起きていて、設計部門で原因を調査しているという報告はありましたが、恥ずかしい事ですが、私自身が社長就任挨拶に飛び回っていて、あまり重大視できていなかったのです。
本件は、この後1年がかりで、納入製品の強度計算のやり直し、補修工事、原因と再発防止などを、お客様に説明し、落着したのですが、補償工事費用は多額に上り、現地での補修に人員を各地に派遣し工場の工程も混乱することになりました。
それ以上に、信用失墜は甚だしく、この製品の主要なお客様からは、私が社長退任時まで、新しいご注文をいただくことはありませんでした。
私はこんなことが再び起これば、会社は持たないという危機感を覚え、「品質確保」を経営の重点に置くことを決意しました。
以下に当社が行った主な品質確保の経営施策についてご紹介します。
大企業には、優れた品質の専門家がいて、もっと優れた方法が考えられるでしょうが、中小企業でもできる手作りの品質向上施策として参考になれば幸いです。
品質意識の啓蒙活動
私はもともと直接人命にかかわる製品を製造していた会社にいましたので、その会社の品質管理についての厳しさから比較すると、品質意識の薄さを感じました。
従ってまずは「品質意識の向上」のため啓蒙活動を、会社を上げて行い、従業員全体に浸透させる必要がありました。
① 経営トップが「品質確保」を経営の重点におくという姿勢の強調
経営トップが、会社を挙げて品質確保を経営の中心に置くということを従業員にはっきり伝えることが重要でした。
しかも、いろいろな機会に重ねてそのことを繰り返す。期首、期中の訓示、年頭の挨拶、社内会議などあらゆる機会捉えて品質の重要性を繰り返しました。
② 個人別品質目標の設定
全従業員に品質意識を持ってもらうこと、それも事務系の従業員まで意識を浸透させるため、期首に自分の業務の品質目標を建ててもらいました。
1年間その目標の達成を目指して行動し、期末にその結果を自分自身で評価、達成状況により、ささやかですがクオカードを授与するという活動を続けました。
③ 品質ポスター・標語の募集・選定による掲示
品質向上啓蒙ポスターと標語を従業員から募集、選定し、社内のあちこちに掲示し、常に「品質」を意識してもらう一助としました。
当選者は1月の仕事始めの年頭式で表彰しました。
「なぜなぜ分析による」再発防止策
製品不具合が起こったとしても、2度と同じ事象の不具合を起こさないことが重要ですが、残念ながら同じような不具合が繰り返されていました。
対処療法だけで、最初の不具合の原因を徹底的に究明し、根本からの再発防止策を立案、実行していないからです。
これが不十分だと同じ不具合を繰り返し、顧客の不信はさらに致命的なものとなります。
そこで「再発防止委員会」を設置、「なぜなぜ分析」を基本ツールとして不具合の根本原因の徹底究明と有効的な再発防止策を立案、実行、フォローを行うこととしました。
「なぜなぜ分析」とは問題を引き起こした原因に対し、5回「なぜ」を繰り返し質問し、根本原因を究明する方法です。
不具合発生部門においてブレインストーミングによる「なぜなぜ分析」を行ってもらい、最終要因と対策を再発防止委員会で発表してもらうこととしました。
そこで、「なぜなぜ分析」の正しさ、導かれた根本原因と対策の適切さを議論しました。
ただし、「なぜなぜ分析」は未経験者には易しそうで実は難しい手法です。当社で初めて実施するに際して親会社の専門家を招聘し、正しいやり方を講義してもらいました。
設計の品質向上
急激な設計要員増強により経験不足もあって、設計のミスも少なからず起こっていました。
製造工程の最上流であるため、影響は大きく設計の品質向上は重要でした。
今回の亀裂問題は、まさに開発・設計上の不手際が原因でした。
そこで、新設計製品においては次の強化を行いました。
① デザインレビュー(DR)の徹底
設計が完了すると、営業・資材・製造・品質部門など製品にかかわる担当者によるDR会議を徹底し、その設計か適切かどうかを慎重にチェックした後、出図することとしました。
例えば、営業は客先の要求にかなっているのか、資材は調達しやすい部材となっているのか、製造は作りやすい図面になっているのか、品質部門は不具合が起こりやすい作りになっていないか、また管理部門はコストを考慮した設計になっているのかなどの視点からチェックを強化しました。
② 変更点管理の強化
DRのなかでも、従来設計から変更部分はどういう理由で変更したのか、変更したことで不具合リスクはないのか、コストの変動はどうなのかなど重点的にチェックしました。
製造過程でも変更部分がきちんと処置され、支障がないかきちんと点検します。
③ 設計ノウハウ・不具合事例データの整備
設計者には若年者、経験年数の少ない者が増えてきているので、設計上のノウハウ、あるいは過去の設計不具合事例を整備して、チエックリストなどを活用し、必ず設計に取りかかる前に目を通すようなシステムにし、設計ミスを防ぐようにしました。
④ 技術顧問による技術・品質指導
構造物の応力解析など、今回問題となった当社が弱い技術、あるいは設計の品質確保について高い知見を有する技術者を外部より招聘しました。
技術顧問に各階層の技術者が指導を受けたことは、技術のレベルアップに非常に有益でした。
製造上の品質管理
① 製造部内での検査機能の設置
製品の検査部門は、製造部門から独立して客観的に検査すると言うことが鉄則です。
当社もこれまで製品検査は品質保証部の検査部門が製品完成時を主体に、工程内でも行ってきました。
しかし製造部内に工程内検査部門を設置、ベテラン職員を配置して、工程内検査や指導を強化、特に3H(初めて、変更、久しぶり)作業での不具合のない製造物を次工程に渡す事ができるようにしました。
これにより、生産量が高い場合など、工程が常に動くなかで、部門内ですから検査も工程を乱すことなくスムーズにでき、製造部門内で細かな不具合を見つけて処置し、できる限り、完璧な製品で完成検査ができるようになりました。
また同じ製造部門ですから、自分たちで作った製品は自分たちで完璧な製品にするという気持ちも高まりました。
そのため検査部門は、完成検査に注力でき、不具合を見逃して出荷することを防ぐというメリットも生まれました。
② 公的溶接技術資格取得の奨励
当社の製造は溶接技術が根幹ですので、溶接技能の向上を目指し、公的な溶接技能検定を積極的に受験させ、有資格者を増大させることにより、溶接工程でのミスの防止、技術者の士気向上に寄与しました。
調達品の品質管理
製品クレームの中には調達品の不具合に由来するものも少なくなくありませんでしたので、調達品の品質確保は重要な課題でした。
① 調達品の受け入れや検収の厳格化
小物部品については、納入業者を信頼し、これまでほぼ素通りの検収でしたが、員数の不足や外観検査を厳格にしました。
手間は掛かるのですが、これまでこちらで紛失したとして再注文していたのが実は最初から注文通りの数で納入されていなかったケースなどが頻繁に出てきました。
また外観検査でも規格に合わない部品を入口で遮断することができ、工程の清流化にも寄与できました。
② 外注企業に対する品質パトロールの実施
定期的に外注企業を訪問し、品質にかかわるアドバイスや指摘をすることで、品質意識を共有し、不具合品の納入の減少や一体感の醸成に役立ちました。
③ 主要企業との品質情報交換会
主要取引企業に集まっていただき、当社の経営状況や方針、今後の仕事量、品質問題について開示して、懇談することにより今後の協力を求めました。
客先情報や不具合情報の迅速な車内展開
お客様の怒りは不具合だけでなく迅速な対応ができていないことがありました。
このことを深刻に反省し、その対策を強化しました。
① 顧客の現場情報の収集
これまで、納入後保証期間が終わると、当社製品の使用状況を把握することがおろそかになっていて、不具合の拡大を招いた可能性もあると考えました。
そこで、営業、品証部門がお客様、それも製品が使われている現場を訪問し、直接使用されている方々の評価や、保証期間後の一定の時点での点検を実施することにしました。
特に新開発製品、モデルチェンジ製品はこまめに性能の状況を把握することが重要です。
② 不具合情報の迅速な社内展開
不具合情報を入手したら、適宜連絡会を行い、迅速に社内に伝達し対応方法を
決めることとしました。
③ 不具合対応の進捗点検
月に一度の品質会議では、解決していない不具合案件の進捗状況を点検し、例えばなぜ解決が遅れている場合、どこにボトルネックがあるのかなど議論する事としました。
以上、会社が実施した、主な品質向上策を紹介しました。
読まれてみれば、ご存じの方策ばかりだったかも知れません。
しかし、奇抜な方策はないような気がします。
平凡な方法でも、確実に、継続して行えば、効果も現われ、補償工事費用も低減してきましたし、大きなクレームは影を潜めました。
ただ、細かな不具合の撲滅までは到達していません。
品質向上は労働災害撲滅、生産性向上などとともに企業の永遠の課題です。
資金や人材など経営資源に余裕がない中小企業にとっては、おざなりになりがちの課題ですが、冒頭でも述べたように会社の存続にかかわることです。
それだけに経営トップが強力なリーダーシップを発揮して実施する必要があると実感しました。
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