私は中小企業の経営者をしている時は大小、いろいろなトラブルがあり対応を迫られました。
今となっては一つ一つが思い出深い出来事ですが、皆さんの参考のためその中からいくつか印象深く記憶に残っている出来事を紹介します。
そしてトラブル対応を経験して得られた経営者としての教訓も述べてみたいと思います。
ただ現在は企業名などを明らかにできませんのでやや不明瞭な記述になる事をご容赦下さい。
不具合対応と品質改善
私が社長に就任した会社は道路用の特殊車両を製造していました。主力製品を製造する企業は当社のほかに一社あるのみでしたから売上げは安定していましたが市場規模が小さく今後大きく伸張する見込みもありませんでした。
そこで10年前に道路用車両の技術を応用して鉄道用車両を開発して新市場に参入しました。この製品の競合企業も少なかったので受注は順調で売上げの10%強を占めるところまでになりました。
ところが私が社長に就任した前後からその新製品の重要部に亀裂が発見されたとのクレームが複数の客先から次々に入りました。当社で客先に出向いて調査すると過去に納入したほとんどの車両に亀裂が見つかりました。
そのため1年近くは客先へのお詫びや原因・対策の説明、補修工事の完遂などその収拾に明け暮れることになります。
主原因は開発段階で強度解析が十分でなかったためです。きちんとした解析により応力が高い部分は部材を厚くするか補強材を追加して強度を上げるべきですが、鉄道の知見が足らず道路用とあまり変わらない強度になっていたのです。
客先の怒りは大きく私がお詫びに行くと車両を持ち帰ってくれとも言われ、ある顧客では面会もかなわずやむなくお詫びの手紙をお渡ししたものでした
私はこのままでは主力製品の信頼性までも毀損し、会社全体の経営を揺るがす危急存亡の秋と認識し、部門の責任者を集め対策委員会を立ち上げました。
対策委員会では連日議論し、車両が稼働する雪寒期に間に合うように設計の見直しと客先承認、補修計画の立案、ユーザーごとの補修チームの編成、補修作業の実施など工場の操業に優先して行うことを決めました。
そのあと客先に日参して補修計画の承認と製品は重量物で当社工場に持ち帰る事は事実上難しいため客先工場で補修することの同意をもらうと、10月半ばごろから全国に作業者を派遣しました。
会社は騒然とした雰囲気となりましたが、この非常時での従業員たちの結束力には目を見張るものがありました。彼らも会社の深刻な危機感を共有してくれ、厳しい計画に対しても不満が出ることはありませんでした。
設計陣は設計見直しを夜遅くまで行い、製造部門は補修部材の製作や技量の高い人材をやりくりして補修チームを編成、全国各地への派遣し特に北海道、東北地方では11月,12月の厳しい寒さの中、深夜まで客先工場で補修作業を行いました。
その結果、年明けには補修が完了し冬期の稼働にほぼ間に合わせることができたのではないかと記憶しています。
ただ客先と折衝する過程で判明したのは、客先の不満は製品の不具合だけでなく、製品納入後の製品フォローが不十分で、客先の現場担当者との日常的なコミュニケーションが不足しておりこれが潜在的な不満につながっていたということです。これが不具合を契機に当社への批判が噴き出した格好でした。
これは道路用車両の製品納入後のフォローを地場の協力企業に委ねていたため、鉄道用についても同じような対応をしていたためでした。
そこで鉄道用車両については製品納入後は協力企業任せとはせず、当社担当者が客先運用拠点にこまめに足を運ぶことを徹底するように従来の営業スタイルの変革を行いました。
しかしその後も信頼は回復せず私の在任中は不具合台数が多かった客先からは新規引き合いが停止された状態でした。
実はそのころ品質問題は道路用車両にも大小のクレームが頻発していました。新設計車の納入が多かったこともありますが、リコール処置が重なって発生し監督官庁から社長名で不具合の原因と対策を文書で提出するようと命じられるという事態に至っていました。
このような事態をうけ会社をあげていろいろな品質向上施策を実施しすることにしました。
まずグループ企業のOBを技術顧問として招聘し強度解析や品質管理の指導をお願いしました。
溶接工をグループ企業に派遣し研修をお願いしたあと国の溶接技能検定試験を積極的に受験させ資格を取得させましました。その取得者は30人近くになりました。
品質改善の手法である「なぜなぜ分析」や生産管理の専門家の招き、不具合の原因分析や物流やレイアウト改善などの指導をお願いしました。
また品質啓蒙のためのポスターや標語の募集、事務作業を含めた品質目標の宣言、自己採点での達成者に景品を授与するなど全社をあげた運動を展開した結果、社員の品質意識は高まり,次の年には不具合件数も減少していきました。
鉄道用車両は、最近クレームを出した鉄道会社からようやく発注が再開されたと聞き少し安堵しています。
代理店問題
就任2年目に起こったのは代理店問題です。
当社の顧客は全国に広がっているため、自社で人員を抱えて販売、保守業務などを行うことは効率的でなく外部企業と提携して事業を行ってきました。
具体的にはK社を総代理店とし、K社から顧客に近い地場企業に販売協力と保守業務を下請けに出し、適当な地場企業がない場合K社が直接実務を行うというスキームでした。
K社は元々全国に拠点を持つ企業でしたので当社はその拠点網を利用させてもらった形で新車販売と保守の総代理店として100社以上の協力企業をとりまとめてもらい当社の事業に大きく貢献していました。当社とK社は長年ウインウインの関係を維持していたといっていいでしょう。
ところがK社が巨大企業H社に買収されるという事態が起こります。それでも当社との関係を従来通り維持してもらえば問題なかったのですが、K社は新しい企業グループの方針としてこれまでの当社との友好関係をご破算にして新車販売やメンテの手数料を3倍程度引き上げてほしい、聞き入れなければ当社との関係を解除すると通告してきました。
その要求をそのまま受け入れれば収益は大きく影響を受け、また契約解除されると全国の販売・メンテ網に空白地帯ができることになります。
K社にこのような理不尽な方針の理由を質すと、K社としてはこれまでの信頼関係もあり当社の業務を続けたいと考えていたが、新しい親会社のH社が当社のような中小企業が主導する事業はリスクがあり止めるよう命じられ、そこで利益率をさらに高めることで説得しようとしたという事でした。
当社はH社にも何回か出向いて歴史的経緯や適正な手数料となっていることを説明して従来通りの協力をお願いしましたが終始聞き置くという反応で色よい回答はありませんでした。
そこで長年の事業体制を次のように変革することを決断しました。
・協力企業の当社直轄化
・K社が撤退することで発生する協力企業空白地域における新規企業の発掘
・協力企業を結集させる団体の創設
・支社の増設による協力企業とのコミュニケーション強化
そこでK社と交渉を重ねて手数料を段階的に引き上げることを約束しながら時間を稼ぎ、水面下で上記の作業を進めました。
結局、K社側はこちらの動きを察したのか1年半後に一方的に当社との契約を打ち切り訣別します。なにしろ時間がないため現協力企業との契約の切り替え、新しい協力企業の発掘と審査、協力企業取りまとめ団体の立ち上げ、支社の開設など営業部門や品証部門などの活動は寝食を忘れたものになりました。
なおK社は当社事業からの撤退によりリストラを行い人員削減を行いますが当社はその中の有能な人材をスカウトできました。
重大労災の発生と安全対策
ある日の会議中に従業員が客先で製品を納入中、トラックの荷台より転落し重傷を負って救急車で運ばれたという連絡が入りました。
荷台の高さは1.5メートルぐらいに過ぎないのですが、荷台の上に立った際によろけ、あおりに足を引っかけ頭から落下したのです。しかも運転時にヘルメットを脱いだままで荷下ろし作業を行っていたため、頭部を直撃して耳からも出血し危篤状態だと聞き震撼しました。
幸いなことに被災者は一週間後に命の危機は脱したのですが彼は定年まで業務復帰はかないませんでした。
私は前の会社で安全衛生を所管していたこともあり、この会社に着任してから毎日工場を回っては細かい指示をしたり、前の会社から安全衛生の専門家を呼び定期的に外部の目からアドバイスをもらったりして、安全対策には力を入れていたつもりでしたがこの重大災害で油断があったと非常に反省しました。
軽作業の部類に入るような業務においても油断すれば死亡災害につながる重大災害が起こることを再認識させられました。
そこでもう一段の労災対策を生産部門に指示し、ヘルメットの着用、指指し点検など安全衛生の基本の徹底、過去に発生した災害のフォローやTBM(toolbox meeting)など職場ミーティングの活性化、リスクアセスメン構築、5Sの徹底など様々な安全対策を改めて強化した。
その中で当社の作業で、高所作業、しかも1~2メートル程度の油断しやすい高さでの作業が多いことを改めて確認し、作業では必ず「転落防止柵」を設置することとし、そのために作業にフィットした柵を内製化するプロジェクトが立ち上がりました。高所作業用の転落防止柵は市販されていますが汎用で当社の多様な作業には不便でつい柵を使わないことがあったのです。
このPJは全国安全衛生大会で発表したところ、かなり反響を呼び後に多くの企業から資料請求や工場見学の依頼があったことを覚えています。
トラブル対応の要諦とは
人材をはじめ経営資源に限りがある中小企業におけるトラブル対応では次のことが重要です。
・トップが陣頭指揮をとる
・従業員の英知を集める
・従業員の貢献・能力を見定める機会とする
・可能なら外部の支援を求める
・トラブル処理を飛躍のきっかけとする
中小企業ではいかなるトラブルも経営を揺るがす事になります。当然のことながら時間がかかればかかるほど会社のダメージは大きくなります。
従って幹部任せにはせず、トップが陣頭指揮をとり事態収拾に必死になっている姿勢を従業員全員に示すことが必要です。このことが会社全体で危機感を共有することになり早期解決につながります。
中小企業では幹部のなかに傍観者があってはなりません。幹部全員が当事者意識を持ってアイデアを出して解決方法を立案し、トップは皆の意見を公平に吟味しつつ即決して指示を出す必要があります。
一方でトップはこのような緊急時にどの幹部が真剣に動いているのか、手腕を発揮しているのか冷徹に評価し、今後誰に大きな仕事を任せられるのか見定めておくことです。
また内部の知識、技術が不十分と考えられるなら、グループ企業、友好企業に支援を求めることが必要です。
とくにトラブルで会社の弱点がはっきりすれば体質強化策は必須です。その際、外部の専門家の助言は重要です。多少のコストを負担しても外部の知見を活用することは次の飛躍のために必要なことです。
トラブル対応においてはあまりネガティブに捉えず次の飛躍への足がかりだと自ら言い聞かせ、むしろポジティブ気持ちを持って対応することがよい結果につながるというのが私が得た教訓でした。
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