推理小説の巨星・ヴァン・ダインとオススメの5作品

オススメの本

最近の若い人はどうかわかりませんが、かつてはコナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」が、多くの人にとって推理小説(もしくは探偵小説)の入門書だったのではないでしょうか。

私もご多分に漏れず、「ホームズ」が推理小説を読み出すきっかけでした。

小学5、6年生だったと思いますが、児童書の「緋色の研究」(書名は??殺人事件となっていた記憶があります)を読み、ホームズの快刀乱麻の推理に夢中になったものです。

「ホームズ」の少年版をあらかた読み尽くし、エラリー・クィーンの国名シリーズなどをついばんだあと、出会ったのが少年版の「グリーン家殺人事件」でした。

グリーン屋敷での連続殺人とニヒルな探偵ヴァンスの活躍にハラハラ・ドキドキ、こんな面白い物語があるのかと思ったものです。

それ以来、ヴァン・ダインとりことなり、彼の別の作品を読みたいと思ったのですが、少年版は「グリーン家殺人事件」だけだった(と思います)ので、東京創元社の「殺人事件」シリーズに挑戦できる年齢になるまで待つことになります。

そして中学生になると、ヴァンスの「ペダンティック」なウンチクに手こずりながら、ヴァン・ダインに没頭したものです。

以来、全12編を読破し、その中でも、名作の双璧といわれる「グリーン家殺人事件」と「僧正殺人事件」は何回読み返したのでしょうか。

ところが今ではヴァン・ダインの作品は、母国の米国では評価が低く、読者には忘れ去られた状態です。

とくにヴァン・ダインの批判者は、先ほどの「ペダンティック」という言葉が表すように、探偵・ヴァンスが作品の各所で行う「鼻持ちならない」知識の披露と、トリックのテクニックレベルの低さを問題にします。

しかし、私などはヴァンスのその「ペダンティック」さが好きですし、トリックよりも犯行の特異さ、舞台設定、探偵の個性を重視する派にとっては、少なくとも、前半の6作品に対するヴァン・ダイン批判は納得いかない気持ちがあります。

はっきりしていることは、世界と日本の探偵小説、推理小説にも、多大な影響を与えたこと、ファンにとっては作品は未だに燦然と輝いているということです。

ヴァン・ダインとは、ウィラード・ライトのペンネーム

 

ヴァン・ダインは、1888年生まれの美術評論家、文芸評論家だったウィラード・ライトのペンネームです。

1923年から25年にかけて、神経衰弱のため病床生活をおくりますが、その間、彼は内外の推理小説、2000冊を読破、そのテクニックや法則を研究・分析した結果、自分ならもっと面白い作品を創作できると確信してその後4ヶ月で3作品のプロットを作成します。

友人の出版社に持ち込むとすぐに採用され、「ペンスン殺人事件」(1926年)、「カナリヤ殺人事件」(1927年)、「グリーン家殺人事件」(1928年)の3作が矢継ぎ早に出版され、3作品とも空前のベストセラーになりました。

ヴァン・ダインは推理小説を3作品で終わりにするつもりでしたが、「アメリカン」誌の要請を受け大傑作となった「僧正殺人事件」(1929年)を書き、「カブト虫殺人事件」(1930年)、「ケンネル殺人事件」(1931年)と続きました。

その際も、6作以上書くつもりはなく、それ以上書くとレベルが落ちるのは明らかと自ら述べましたが、実際はその後も6作を執筆し、その6作品は実際そのとおり低い評価となりました。

1939年4月11日、ヴァン・ダインことウィラード・ライトは動脈血栓のため死去します。51歳でした。

エドガー・アラン・ポー以降、衰退していた米国推理小説界に彗星のごとく現われ、エラリー・クィーンをはじめとする多くの後継者を従えて、米国推理小説を復活させた巨星は、デビューからわずか13年でその舞台から立ち去ったのです。

ヴァン・ダイン・オススメの5作品とは?

 

私のおすすめの5作品を紹介します。

先ほど述べたように4作品は「僧正」までの前半の作品で、もう1作品はヴァン・ダイン最期の作品となった「ウインター殺人事件」で、傑作という理由でなく私の好きな作品としてあげさせていただきました。

ベンスン殺人事件(1926年)



低迷していた米国推理小説界に彗星のごとく現われ、その後の世界の推理小説に大きな影響を及ぼした巨星ヴァン・ダインの記念すべきデビュー作品です。

株式仲買人アルヴィン・ベンスンが自宅で射殺され、出入りしていた女性歌手に疑いがかかります。

友人の地方検事マーカムとのかかわりで捜査に参画したファイロ・ヴァンスは、警察が重んじる状況証拠を次々の否定し事件は混迷します。

業を煮やしたマーカムは、ヴァンスに「それだけ自信があるなら犯人を指摘してくれ」とけしかけます。

そこでヴァンスは、自分の独特の理論にもとづく、心理学的推理により、事件を分析し、思ってもいない犯人を指摘するのです。

本作は、物証ではなく、犯罪の心理的要因から犯人を突き止めるという斬新な手法の面白さとともに、ファイロ・ヴァンスの人物像、記録者ヴァン・ダインとの関係,犯罪捜査に関わることになる経緯などを詳しく描いており、ヴァン・ダインファンには見逃せない作品となっています。

また、この作品は、1920年にニューヨークで起き、迷宮入りとなった有名な「エルウェル事件」をモデルとしていることも興味深い事実です。

カナリア殺人事件(1927年)



カナリアと呼ばれたブロードウェイの美人女優マーガレット・オーデルが、完全な密室で絞殺死体で発見されます。

犯人は関係する4人の男性のいずれかと思われますが、決め手となる証拠は見つかりません。

犯罪状況から犯人の性格などは推測がつくものの、容疑者の中で一体誰がそれに当たるのかがわかりません。

そこで、ファイロ・ヴァンズは4人とポーカーゲームを行います。

ゲームを通じて4人の性格分析を行い、犯人を特定しようというのです。

密室殺人のトリックは、現在の読者から見れば、陳腐さは否めませんが、時代の限界でもあり、辛口評価は気の毒でしょう。

この作品の見せ場は、後半のポーカーゲームですが、ポーカー中や動かぬ証拠が見つかる瞬間の描写は、推理小説の歴史に残る名場面と言えます。

ヴァンスの心理分析が当時どれだけ科学的根拠があったのかはわかりませんが、エンターテインメントとして境界線を超えているとも思えず、この小説は高水準の作品に仕上がっていると評価できます。

グリーン家殺人事件(1928年)



ニューヨークの真ん中に古色蒼然とたたずむグリーン屋敷で、雪の夜、2人の姉妹が何者かに銃撃されるという惨劇が起こります。

手ががりがないまま、その後も、姿なき殺人者は、一家皆殺しを企てているかのように、次々と屋敷の中で家族を殺していきます。

やがてヴァンスの精緻な捜査により、グリーン屋敷に渦巻く欲望や嫉妬など異常な家族関係が明らかになります。

不気味な犯罪者は外部からの侵入者なのか、家族の一人なのか、ヴァンスは連続殺人犯の正体を見破り、残虐な犯行を止められるのか、スピーディな展開に読者は手に汗を握ります。

そして最期に暴かれた犯人の正体とは?

「グリーン家殺人事件」は「僧正殺人事件」と並ぶヴァン・ダインの最高傑作です。

この作品が国内外の推理小説に与えた影響は非常に大きく、日本においても、孤島や屋敷など閉じられた舞台で、因習と欲望に支配された一族や村人の中で起こる連続殺人事件といったモチーフの推理小説が多く創作されてきましたが、その先駆的作品と言えます。

そのため、現代の読者からするとすこし新鮮味に欠けると思うかも知れませんが、全編を通して陰鬱で憎悪が漂う屋敷の中での連続殺人と、ヴァンスの華麗な推理、そして意外な真犯人など、現在においても世界最高峰の推理小説として是非読んでおくべき作品と断言できます。

僧正殺人事件(1929年)



高名な物理学者であるテイラード教授の邸宅近くで、アーチェリーの選手であるジョセーフ・ロビンが矢に刺されて死んでいるのが発見され、やがてスパーリングという男が逮捕されます。

事件を聞いたファイロ・ヴァンスはすぐに、これはマザーグースの一節「コック・ロビンを殺したのはだあれ。私だわと雀(スパーリング)がいった。」をなぞった殺人と指摘します。

そして、邸宅の近辺で「僧正」を名乗る犯罪者が跋扈し、無邪気なマザーグースのとおりに次々と関係者を殺害していきます。

殺人の目的は何なのか、殺人者は誰なのか、終幕でのファイロ・ヴァンスと犯人の切迫した神経戦が終るとき、ヴァンスは冷徹な判断を下します

「僧正殺人事件」は、クリスティーの「そして誰もいなくなった」、横溝正史の「悪魔の手鞠唄」「獄門島」など、有名な「見立て殺人」を初めてミステリーの中に取り入れた記念すべき作品で、「グリーン家殺人事件」とともにヴァン・ダインの最高傑作となりました。

この小説には特筆すべきトリックはないものの、「僧正」が、マザーグースの歌詞どおりにおこしていく連続殺人に、読者はサイコスリラーのような不気味さと途切れることのないサスペンスに、読み出したら本を閉じられません。

そして読者の多くは、作者が張り巡れた罠にかかり、最期まで真犯人を指摘することはできないでしょう。

この作品を読まずして、推理小説ファンとは言えません。

ウインター殺人事件(1939年)


「ウインター殺人事件」は他の作品にくらべて極端に短いのですが、それは、作者の急死によって、完成前の簡約版が、ヴァン・ダイン最期の作品として出版されたからです。

雪が降り積もる冬、ニューヨーク社交界の常連が集まる深い森林の中の大邸宅で起こった不可解なふたつの殺人とエメラルドの盗難事件にファイロ・ヴァンスが挑みます。

作者は美しい自然の風景と静寂のなか、氷上でスケートを披露する可憐な美少女を映画のシーンのように描写します。

前11作のような重厚さには欠けますが、軽妙なミステリーとなっており、ヴァン・ダインの新しい方向性が垣間見えます。

なによりも、この作品かぎりでファイロ・ヴァンスとの別れを知っている読者とっては全編もの悲しい雰囲気も漂い、愛おしい作品となりました。

推理小説の本道を求める読者にとっては、物足りなさを感じる作品かも知れませんが、敢えてここで紹介しました。

なお、東京創元社の文庫本には、ヴァン・ダインの有名な「推理小説作法の20則」「推理小説論」を付録として掲載していて貴重な一冊になっています。

現在廃版になっていますが、最近中古本を入手することができ、何十年ぶりに読み直したところ懐かしさでいっぱいになりました。

推理小説の巨星・ヴァン・ダインとオススメの5作品・まとめ

以前、会社の部下で英語を教えているアメリカ人に「グリーン家殺人事件」は知っているかと聞くと知らないというので面白いから是非読んだらと勧めると、電子図書で読んでいました。

読後、感想を聞くと、「SO,SO」という感じの返答でした。彼が推理小説ファンかどうかは別として、やはり現代のアメリカ人にはあまり受けない作品なのかと失望した記憶があります。

しかし、日本では根強いファンがいるためか、東京創元社では数年前から日暮雅通氏による新訳作業がスタートしています。

例えば、「ベンスン殺人事件」の井上勇氏訳の初版の発行が1959年で、新訳版の発行が2013年ですから、54年ぶりの新訳となりました。

現在、「ベンスン」・「カナリア」・「僧正」が新訳で出版されていますが、スピードは遅いようです。

ヴァン・ダイン、いやファイロ・ヴァンスのファンにとっては新訳の発行が待ち遠しいですね。

私の好きな「ウインター殺人事件」の新訳を手に取る日はいつになるのでしょうか。

参考:ヴァンダイン「推理小説作法20則」とは?



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