イギリス、EU離脱の理由は?
2016年6月24日に行われたブレグジットを問う国民投票の結果はEUだけでなく世界に衝撃を与えました。
国民投票の実施を決断したイギリスのキャメロン首相(当時)の、国民投票によって国民や保守党内部に浸透しつつある、ブレグジット論に終止符を打つという目論見は、完全に裏目となり、キャメロン首相は辞任を余儀なくされました。
イギリスがブレグジットを選んだ背景を4つのポイントから見ていきましょう。
ブレグジットの選択肢は常に存在した
イギリスは、戦後、ヨーロッパ大陸よりも、旧イギリス連邦の盟主として、インド、カナダ、オーストラリアなどと密接な関係を保ち、かつアメリカ合衆国との友好関係を優先していました。
そういう中でのフランス、ドイツが主導するEU(EEC→EC→EU)に対して思い入れは薄かったといえます。
また、イギリスの主流を占める保守層には、ヨーロッパの統合に反発する「欧州懐疑主義」(Euroscepticism)が根強く存在していていました。
イギリスが、EUの前身であるEC(欧州経済共同体)へ参加したのは1973年で、ヨーロッパ主要国としては遅れての参加でした。
イギリスの参加に反対したフランスのド・ゴールの退陣を待っての参加は、当時不振だった経済状況を打開するためだったのです。
したがってイギリスには経済状況次第で、ブレグジットの選択肢は常に存在したといえます。
EUによる国家主権の制限とイギリスの抱える事情
イギリスは歴史的に、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドといった4つの歴史的、民族的に多様な地域を抱えています。
連合王国という体制を維持し続ける以上、国家の主権を他の組織体に制限されることは王国の崩壊につながるという考えがあります。
しかしEUにおいては、EU立法が加盟国法に優位することが示すように、加盟国の国家主権の行使は本質的に制約されています。
EU権限の拡張傾向と権限範囲の曖昧さは、イギリスの国家主権に対する脅威となり、国家主権を取り戻すことがブレグジットの大きな動機となりました。
EUが拡大・深化する中で、EUの欧州連邦という理念は、国家の権限にさらにEUが介入することになり、イギリスとしては受け入れがたいことでした。
現在、イギリスがユーロを使うことのできる経済通貨統合や、出入国審査なしで域内を自由に行き来できる「シェンゲン圏」にも入っていないのも、この理由からです。
今回のブレグジットはイギリスからのアクションですが、歴史の流れから見ると、激動する国際情勢の中、イギリスは、EUがかかげる欧州連邦の理念に賛同して進むのか、経済メリットを捨てて自主独立の我が道を行くのか、決断を迫られた結果、後者を選択したというのが、今回のブレグジットの本質ではないでしょうか。
EU域内からの移民増加問題
イギリスは、かつての植民地のインド、パキスタンなどからの移民が多く、国民も移民にはある程度寛容でした。
しかし、2004年、EU加盟国が、格段に所得水準の低い中・東欧に広がると、その地域からの移民の急増という問題が起こります。
当時、イギリスは15年近くも経済成長が続き、労働者不足を解消する手段として、労働党政権のブレア首相は「オープンドア政策」をとり、中・東欧諸国から移民を無制限に受け入れる政策を実施します。
ところが2008年のリーマンショックを機に、状況は一変します。
大不況となっても移民は本国に帰ることなく、逆に家族を呼び寄せ定着したため、イギリス国民の間には移民に雇用を奪われ、教育・医療といった公共サービスの低下や、失業保険など社会保障の財政難に対する不満が増大しました。
例えばイギリス在住のポーランド人の人口は
2004年:69千人
2011年:689千人
2015年:916千人と激増しています。
参考:イギリス国家統計局資料
この不満はEUに向かいます。
EUに加盟しているから移民が増え、労働者階級の生活が圧迫されているという訳です。
イギリスは「シェンゲン圏」に入っていず、独自の入国管理をしていますが、EU加盟国である限り、域内から働きに来る移民を拒むことはできません。
また難民や移民がギリシャやハンガリーに不法入国後、フランスまで国境管理を受けず移動し、英国に不法入国するケースもありました。
EUにシェンゲン協定があるからテロリストが英国に入国しやすくなると離脱派は訴え、一部国民の共感を呼びました。
巨額の拠出金への不満
イギリスのEU拠出金は2016年では、ドイツ、フランスに次ぐ3番目で全体の13.45%で約2兆円です。一方、EUからの補助金もありますので実質負担は約1.25兆円です。
参考:EU Budget2016 Financial Report
イギリスの経済規模と特に国際金融センターとしてイギリスがEUから受ける見えない恩恵を考えると、この金額は大きな負担とは思えません。
しかし、EU加盟国に、中東欧の経済力のない国々が増えて行くにつれ、イギリス国民には見返りのない巨額の拠出金に対する疑念も増大しました。
離脱派が行った、拠出金を社会保障費に回そうというキャンペーンは、イギリスの低所得の労働者階級には節得力がある政治主張となりました。
イギリスのEU離脱の影響とは?
イギリスは2020年2月1日 EUを離脱しました。
2月1日から離脱にともなう変化を緩和するため、1年間の移行期間に入りました。
この期間は、イギリスはEU加盟国と同等に扱われるためほとんど変化はありません。
これまでのEUの施策である関税なしの貿易、人のEU・イギリス間の移動の自由(シェンゲン圏外ですが)も維持されます。
この1年間にイギリスとEUの新たな関係が構築されなければなりません。
イギリス・EU間の取り決め事項は?
ブレグジットに当たって、イギリス、EU間で決っていることは次の通りです。
[清算金]
イギリスは離脱にともない、清算金を支払います。推定で5.5兆円といわれています。
EUは数年後の活動を各国の拠出金を当てにして計画していますので、離脱国は支払い義務があるのです。
[市民の権利]
移行期間終了時点でEU加盟国に居住するイギリス国民、イギリスに居住するEU市民は期間終了後も同じ権利を享受できます。
[北アイランド問題]
いちばん、ブレグジットの障害になった問題です。
英領北アイルランドがEUから外れると、国境を接するアイルランド共和国と自由な往来が妨げられます。
アイルランドとEU側は北アイルランドをEUの枠内とし、関税同盟にも残すバックストップ(安全策)を織り込むことを要求しました。
これを英国は拒否し交渉は膠着していましたが、ブレグジットがさらに遅れることになります。
そこでジョンソン首相は、持ち前の決断力で、当面北アイルランドはEUのルールに従う、最終的には北アイルランド議会の決定に任せることを提案し妥結しました。
[FTA(自由貿易協定)交渉] イギリスとEUは新しい貿易協定を結ぶ必要がありますが、これは難問で移行期間中に妥結することは困難というのが一般的な見方です。
移行期間は2022年まで延ばすことができますが、イギリスのジョンソン首相は移行期間を延ばすつもりはないと述べています。
イギリスは関税、数量制限無しという現在の特権を維持しつつ、EUの他のルールは受けつけない方針に対し、EUはイギリスの「いいとこ取り」を許さず、税制、雇用制度、公正な競争などEUのルールを受け入れなければ、応じないという構えです。
移行期間が延長されず、FTA交渉が合意できなければ「合意なき離脱」という状態となり、イギリス、EUとも混乱状態に陥り、世界の政治・経済に大きな影響がが生じることとなるでしょう。
参考:日経電子版
イギリスは、貿易の50%以上をEU向けが占めており、その貿易が縮小した場合、国内経済がもつのか、域外との関係強化、特に米国との関係強化でカバーできるのか、EUとしては、加盟国の結束を立て直せるのか、イギリスが抜けることで大幅減少する財政問題をどう乗り切るのか、イギリスとの安全保障協力をどこまでできるのか、など問題は山積しています。
今回のブレグジットは世界の政治・経済の枠組みをがらりと変える歴史的な事件として記憶されることでしょう。
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